毎朝、地元温泉の早朝風呂に行くのが日課である。
デイタイムのほぼ半額で、日本海の絶景が一望できる露天風呂を含め、こんこんと沸く天然温泉が利用できる。すこぶる気持ちがいい。
朝6時のオープンと同時に施設に入るのが私の流儀だが、宿泊客にまじって、私のような地元の「常連」がいるのである。
80歳に近いとおぼしきガリガリの男性(ボスキャラ)と、中小企業の社長か会長でもやってそうな60代の男性。それから、サラリーマンで(たぶん)経理畑で働く50代の男性。だいたい、この3人を中心に5人から7人ほどのパーティを組み、露天風呂で釣りの話や会社の愚痴とその処方箋、政局のゆくえなどを語っている。
施設に行きだして最初に驚いたことは、彼らが露天風呂に入るときに、お辞儀とあわせて「おはようございますっ!」と挨拶をしてくることである。めちゃくちゃでかい声で。朝から。
「おはようございますっ!」
「おはようございますっ!!」
「おはようございますっ!!!」
尼崎から出張で皆生を訪れた営業マンの男性が、思わず何事かと目を見張っている。
一人づつ区切られた洗い場に、暗黙の了解で“持ち場”が決まっているのを知った時は焦った。うっかりボスの持ち場でヒゲでも剃ろうものなら、常連全員からの冷ややかな視線がそそがれる。
ボスといえば、ボスは露天風呂のドアの開閉にめちゃくちゃうるさい。大浴場と露天風呂を結ぶ部分にスライド開閉式のドアがあり、ここに「ドアは閉めてください」といった旨のことが書いてあるわけだが、たまにこのドアをあけっぱなしで出入りをする人がいる。
私など、まあドアが開いたままでも、そのうち違う利用者が入ってくるし、別段気にすることもないと思うのだが、ボスは秩序の乱れを許さない。
「おい!あいちょーで」
と、注意を忘れない。もちろん大声で。米子弁丸出しで、しかも早口なので、自分が注意されていることに気がつかない利用者もいたりするのだが、私などはボスがますますヒートアップするのではと、気が気でない。いつぞやは、大浴場の入口付近で露天風呂のドアがあけっぱなしになっているのを発見し
「おいっ!おいっっ!!!!」
とものすごい剣幕で怒っていた。浴場内にリバーブの効いた大声が鳴り響く。
風呂上がりの脱衣場では、ほっこり湯上がりのフリートークが繰り広げられているのだが、「そういえば今日は●●さんの顔が見えんかったな」「なんでも入院したらしいで」といった、チームメンバーを心配する声が微笑ましい。
何しろ毎日のように通っているので、ボスが最近湯上がりや露天風呂に入ってくる私の顔をじろじろ見ていて、シャイな私としては対応に困るのである。引きつった笑顔で軽く会釈などやってみるのだが、私のいない脱衣場で、扇風機でもかけながら「最近来だした坊主の若いもんは、あれは一体なんだ?」と陰口でも言われているのではと思うと、夜もおちおち眠れないものである。
今度、露天風呂に入るときに思い切って「おはようございますっ!」とやってみようかしら。そうすれば私も立派な「おふろ部」に入ることができるかもしれない。